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今年の8月15日は、土曜日。休日だ。
朝ベランダに出て外を眺めていると蝉の声が聞こえてきた。
今日は終戦記念日。終戦記念日には、蝉の声とまぶしい日差しが似合う。
国のために命を落としていった人たちが、蝉になって嘆きの涙を流しているような気がした。こんな国にするために自分たちは命を落としたわけではないと。
マッチ擦るつかのま海に霧ふかし
身捨つるほどの祖国はありや
(寺山修司の短歌)
日本人は国を信じてあれだけ痛い目に遭いながら、いつのまにかまた国を信じ切ってしまっている。のどかな国民性。
あと半月後に衆議院選挙がある。国政初の本格的な“マニフェスト”選挙だ。
今となっては“マニフェスト”選挙は当たり前のようだが、選挙に“マニフェスト”を使いだして、まだ10年にも満たない。
“マニフェスト”は所詮、施策の羅列である。
バラマキの数字が議論を細部化して大事な点が見えてこないという欠点がある。
国の政治に求められているのは施策より上位にある“ビジョン”である。
“ビジョン”とは国民をひとつにし、将来を信じられる国の像を示すことである。
来年の8月15日の蝉の声が違って聞こえることを期待しよう。
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