8月8日金曜日の夜、生ビールの誘いを断り、そそくさと家路についた。
北京オリンピックの開会式をテレビでライブを見た。
オリンピックの開会式は1964年の東京オリンピック以来大好きである。
開会式のショーも毎回大掛りで楽しい見世物となっている。
スペクタクルであり、内容、コンテンツのどれをとっても、質の高いものであった。
その中でも漢字と印刷技術、それに3600名が論語を唱えるシーンは衝撃であった。
論語を正当な中国の思想として認めたという意味では画期的である。
毛沢東の文化大革命の時、孔子の儒教は弾圧されていた。
そう感動したのは、先日日本で孔子の72代目の子孫の方にお目にかかったせいかもしれない。
1964年の東京オリンピックの参加国・地域は94。
2008年の北京オリンピックの参加国・地域は204。
この半世紀近い間(44年間)に、110もの参加国が増えたことだ。
理由は2つある。ひとつは、この地球に国家が単純に増えたからだ。
もうひとつは世界が平和になってきているからである。また世界の人口は2倍になっている。
国家が増えた理由は、植民地支配からの独立が進み冷戦が終わり民族単位の国が増えたのである。
そういえば、東京の時には、今回の中国は参加していない。参加したのは中華民国(台湾)である。
モスクワオリンピックには日本は参加していない。それは、世界が平和でなかったからである。
今後、国家が分裂して国が増えるとすれば、今回の中国となる。
そうなるかどうかは分からない。
国家は大きいことよりも同じ民族、すなわち価値観が同じ単位のほうが良いということが現代世界史の流れからは読み取れる。
私が今でも覚えている東京オリンピックの感動と同じように中国の子供たちにも同じように心の中に残ることであろう。
子供が成長して変化するようにこれからの中国という国も大きく変わっていく姿を楽しみにしていよう。
|