父を意識し始めた思春期の頃、父親というものは、何でも知っていて、何でもできて、自信に満ち溢れていた。そんな力強い姿が印象に残っている。
何をやってもかなわない相手で、そんな相手と同じ土俵には乗りたくないと思っていた。
父は、機械屋から金型屋になり、78才で現場で倒れるまでいつも機械に向かい切粉を出していた。傷だらけの手と油の匂いがする父であった。現場60年という本物の職人であった父。
いつのまにか、その頃の父の年に自分がなってみると、いろいろなことが見えてくるものである。
そんな私も父と同じ土俵に登ってから20年が経ち、右も左も分からない中、金型屋の社長になって10年目を迎えようとしている。
ITを使った型つくりに挑戦し続けてきたのも、ライバルとしての父がいたためである。素直に現場を見つめなおし、NCやITでは担いきれないものがある。本物のものつくりとは何かを考えるようになってきた。必要で欠かせないものは、「職人魂」、「志」であるということが、よくわかる年代になった。
現場の社員に向かって、父の教え通りに戻そうと呼びかけることが多くなっている。どんなに最新技術を使っても志だけは、かってのように誇りに満ちた現場に戻していきたい。
父とは対極的な生き方をしてきたのに、結局は父の手のひらの上であばれていたにすぎない自分に気がつき、ショックよりも喜びを覚える。
蛙の子は蛙にすぎなかったがそれで十分幸せと感じる。
父は今、病院のベットで寝たきりになり、口もきけない状態である。親と子の心の会話を毎週続けている。そんな思いを抱きながら父の顔みたら、父はにっこりと笑って、まだまだ心配だからあの世には往けぬと言ったように思えた。私は肩の力が抜け、私の目には熱いものが流れていた。
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